プロフィール

モリテツヤ

Author:モリテツヤ
老若男女、趣味、興味、右、左、人種、国籍問わず色々な人が集まってゆるくワーワーできる場所を作りたい。そしてそれが必要で、なおかつ可能性のあるのは都市よりも地域だ。そんな事を思って、地域で自給しながらブックカフェをやりたいと願っている男です。
人とのつながり、食、アート(定義は限りなく広く)があれば、持続可能で楽しい生き方ができるはず。
ペンギン村の住人のようにマヌケに生きたい。


2009年3月       
某3流私立大学卒業。
2009年4月〜2010年1月 
埼玉県小川町、霜里農場で有機農業研修を受ける。
2010年3月〜2011年3月 
アジア学院にて農作物担当ボランティアをとして働く。

2011年3月から放射能からの逃避&土地探しを金なし、コネなし状態で開始。
同年6月、鳥取市、気高町に土地と家を借り新たな暮らしを模索中。

ライターその他仕事絶賛受付中!
訪問も歓迎!
tm_mate4@yahoo.co.jp
twitter:tm_forest モリテツヤ

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田畑や家の事

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これは台所。スリッパに履き替えるのがめんどくさすぎたので、廃材でスノコを作ってみました。いいでしょ?美しいでしょ?大工スキルです笑

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そしてダンボールの封印を解いたスピーカーとレコードプレイヤー。最近は夜に一人音楽聴きながら本読む時間に至福を感じてます。朝はフレディ先生でテンションあげてます。

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これは籾殻燻炭製造マッスィーン。落ちてた一斗缶と薪ストーブの煙突で作った。ちゃんと燻炭できたよ!

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種籾。去年自然農で作ったお米。ゴルゴさんという鳥取で暮らすファンキーな女性から頂きました。芽でました。

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そして田んぼに作った苗代。上にさっそく籾殻燻炭まいて完成。今年はホントにホントに自分一人食えるくらいは収穫したい。

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ちょい時期は遅れてるけど種まき。トマト、ゴーヤ、バジル、茄子、きゅうり、ツルムラサキ等々。野口種苗から購入。種取りもするぜ。

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そしてこれはこないだ台風で無惨な姿になったビニールハウス君。。
だめでした〜〜。ははは!アーメン!

とまあ、このようにようやく色々と動きだせました。
車とお金がある暮らしのなんと便利な事...。

車もお金もなくてこれできてたらかっこよかったんですけどね。。
負けました。でも苦しかった。ホント笑
バイト禁止令を自分に課してたんです笑

労働はしたくないと。

今の工務店での仕事は毎日が家作りの勉強になっている。
自分で家を建てられるまで働かせてもらいつつ田畑をやります。
出張本屋や住み開き本屋の野望も忘れてません。zineも。

まあなんというか、今年からですな!
できるやり方でまずはやっていきます。

ではでは。










冒険の記録

放置してますが僕は超元気です。

色々してます。

まず遡って3月。帰国してから。
なんとかバーにてベジ食堂のyoyo.さんの日にバーテンという名の雑用をする。憧れていたlilmagの野中モモさん、タコシェの方、アマラブのみんな、そして松本哉さんらと話しができて楽しかった。高円寺の商店街に、ここ鳥取で感じるそれよりもローカル感を感じた笑 場を作れば自分が移動しなくても会いたい人が来てくれるのかという発見があった。

あかねにて、ペペ長谷川さんの日にフィリピン報告会をする。集まった人数は6、7人笑 でもペペさんいわく5人集まれば成功らしいのでよし。

・シェアハウスをやめる。センスの違いにより色々とめんどくさくなり解散。元同居人達は僕がコンペで落ちた古民家の二階で暮らし、一階で飲食店をやります。がんばれ!

campというイベントにちょいゲスト(ちょいゲス)として呼んで頂き参加。うかぶの三宅さん、蛇谷さんと久々に会い和む。僕はこの二人に出会ってもうちょっと鳥取で頑張ってみようと思えたのです笑
このイベントに声をかけてくれた鳥取大学の小泉先生とは、以前どこかで会っていてその時に僕がzineを渡したらしい。(全く覚えてない笑)小泉さんは毛利義孝さんの元で学ばれたそうで、僕はこれからどんどん絡んでいきたいと思っています笑

そして4月。

・相変わらず農拡機動隊の平賀君にお世話になりイノシシ柵張ったり、梨の受粉したりして小銭を稼ぐ。

・車を無料でゲット!九州ツアー行く前日に、色々と良くしてくれているナイスなおっちゃんDさんの家の片付けを手伝い車入手。なんとありがたや。

・九州。いつも行く反転地ノコニコカフェへ。she says distroのマサコさんとは行くとこ行くとこバッタリ遭遇。
一緒に巡ったyoyo.さん、ナツコさん、毎度おなじみ江上さんとひたすら車を飛ばし熊本はゼロセンターへ。ゼロセンターには入ってすぐにモバイルハウスがどーんと置かれているし、その後ろにはツリーハウスがそびえているし、なんか船あるし、入った瞬間異様にハイになった笑
そして坂口総理によるイングリッシュ熊本ツアー。(ナツコさんは日本語よりも英語が得意な為、この日一日イングリッシュタイムになった笑)。pavaoの雰囲気はよくてカレーは美味かった。
古着屋、ギャラリー、坂口さんの師匠が関わっているという料亭、熊本市内をぐるぐる歩いて回った。路面電車が走る様子はなんだか懐かしく、そこで暮らす人や建物、どれもセンスが良かった。

夜にはゼロセンターにたくさん人が集まり、みんなで蕎麦を食った。ハンカクハンテンという二人組の女の子グループから『キマキガミ』というナイスなzineを10部仕入れた。ぼちぼち住み開き本屋やりたいので。
深夜には坂口さんの弟子であるヨネさんが帰宅し、一緒に温泉へ行く。実は僕は彼の事を坂口さんの弟子になる前からtwitter上で気にしていてずっと会いたいと思ってた。話しをしてみるとやっぱり面白い方で、僕と同い年。計画中だという本のアイディアを聞かせてもらった。興奮してなかなか寝付けなかった。
ヨネさんは今、熊本で100万人のキャンドルナイトという面白げな企画を仲間達と進めているようです。要注目。

そして熊本、三角(ミスミ)に新たに立ち上げられたエコヴィレッジ、サイハテへ。パーマカルチャーを取り入れたオシャレな畑のデザイン、赤茶けた地面、民族音楽、どこからでも一望できる海に、日本じゃないような気がした笑 住人はそれぞれ一人一芸備えているようで無敵。また行きたい。

天草在郷美術館の笑平さんは自宅を美術館にし、自身も作品を作り、田畑もやるというかっこいい人でした。ホントかっこいい。7月にまた会います。

そして

・今週の月曜日から工務店でアルバイトを始めました。お金が嘘のように溢れています。(僕はホント超極貧だったから笑)。ここで、自分で家を建てられるようになるまで修行させてもらいます。仕事は楽しいです。毎日がワークショップみたいなもん。キンチョーするけど笑
今住んでる家も自分でリフォームするぞ。廃材も工務店からもらい放題。
日曜、祝日が休みなのでみんな遊んで下さい。家がキレイになって、本揃ったら日曜は自宅私設図書館兼インフォショップを始めよう。

田畑もやってます。ジャガイモを植え、今野口さんに種をお願いしてるところです。
近所で朽ちていたビニールハウスをもらい、切ったり針金使いまくったりして復元に成功したり(その二日後の台風で木っ端みじんになった笑)、という悲劇にも見舞われつつ、それでも楽しく生きています。

ではでは!

帰国してます。

気付けば一ヶ月以上放置してしまった。
今は鳥取にいます。

昨日まで九州をvegeしょくどうのyoyo.さんらと巡っていました。
ゼロセンターやサイハテ、天草、諸々ヤバかった!

また詳しく書いた報告up...するかは分からないけどしたい笑

最近の状況はというと、
インフォショップ開業は無くなり、現在はシェアハウスをやめて一人で暮らしています。
そして車を近所の仲良しのおっちゃんに譲り受け、あちこちビュンビュン行けるようになりました。
そして今日は郵便配達の二次面接。配達しまくるぜ!受かりたいぜ!

ある程度の収入がないとなかなか行動起こせないという事が去年よく分かった。始めから分かれよと思うかもしれないけど、実際にやってみないとなかなか僕は納得しない。

では〜

お天気雨/寺尾沙穂

フィリピン滞在記2

こっちに来てから既に一ヶ月半以上。残すところあと2週間。

今は学生達が9人(日本人3、韓国人4、中国人1、マレーシア人1。)と多国籍グループがやってきている。
僕は以前S農場でお世話になったIさんが企画したスタディツアーのお手伝いをしてます。

まずは2月辺りの話し。
大阪の大学で福祉施設や貧困の実態を学ぶツアーを企画する仕事をされているIKさんという日本人ビジターが2週間、MC-ARIに滞在し一緒に農作業をしていたんだけど、彼女は学生時代にアートを勉強していたらしく、アート系の知識が豊富で、やはり今の社会システムが要求する暮らし方を変化させたいという思いを持っていた。
僕はいつも読んで欲しいと思う人と出会った時の為に自分のzineを持ち歩いているんだけど(笑)、IKさんにも読んでもらいました。半ば無理矢理(笑)
そうするとやっぱ小川てつをさんの事も知っていたし、スクウォットやインフォショップにも興味を持っていてココルームの事も少し教えてもらえた。やっぱり一度行かないと。インフォショップをやりたい者として。

そしてIKさんがバコロドで暮らす面白そうなアーティストがいると教えてくれ、一緒にバコロドの魑魅魍魎界隈を巡らせてもらう事になった。
案内人はバコロドで有名なアーティストを父に持つジェッキー。年は40くらい。彼の髪型、タトゥーをバリバリに入れたワイルドな風貌からファイトクラブのタイラーデンを想起させた(笑)

まずはジェッキーの友人のアトリエへ。ジェッキーの友人(名前忘れた笑)の父もバコロドで有名なアーティストらしい。スペインの血が混じっておりやたらハンサムだった。そして彼もバリバリタトゥー(笑)
アトリエ内は一面、大小様々な暗黒的絵画が張り巡らされ、庭にはガラクタを溶接して作った恐竜等があった。

そしてジェッキーの家へ。
「おれんち、小さい竹の家だけどナイスだから休憩しよう。」
と言い辿り着いたのはちょっと小金持ちの人々が暮らしていそうな住宅街。どこに竹の家があるんだと思い歩いて行くと、現れたのは原っぱになっている空き地。
ここだよとか言ってニコニコしているジェッキー。空き地に足を踏み入れるとデレクジャーマンの庭かよ!と思う程良い感じの竹の家があった。町中にありながら草原で暮らしているかのようなジェッキー邸。
竹の家のサイズも一人でシンプルライフをおくるのに適したコンパクトサイズ。家の中には彼の作品と、商売用に作っている小さな仮面があった。

キャッサバと玉ねぎを植えて自給も試みていた。でも「あんまり耕すと銀行に見つかるからヤバイ。でも良い場所でしょ。」と語るジェッキー。
一番テンションがあがったのはその空き地をスクウォットしていて、勝手に竹の家を建て、勝手に野菜を植えていること。最高だよジェッキー(笑)

サイダー飲みながらまったりしてたら、近所に暮らすやたら陽気なおっさんがニコニコやってきた。
このおっさんもアーティストらしく、ジェッキーともいつも一緒に遊んでいるらしい。そしてさらに移動。
ジェッキー達と仲の良いアーティストの家へ向かった。

しばらく歩き辿り着くと、今度は豪邸だった(笑)
超セレブな暮らしを送るアーティストの家で、多数のコレクションとこれまた豪華なアトリエがあった。

IKさんはその様子に感動していた。
なんでも日本のアート界隈はこうして成功したアーティストと未だ無名で貧しく暮らすアーティストが交ざり合うような関係がなかなか見られないらしい。
ジェッキーのスクウォットしている空き地も成功したアーティストの友人から紹介されたんだろう。

ジェッキーは始終しゃべり続けパワフルだけど、色々問題も抱えているみたいだった。
「サバイブする事はどうにかもがいて生きていくような苦労もあるけど、学ぶ事も多いよ。この人生をおれは楽しんでる。」と語るジェッキーの生き方は美しかった。わっとあびゅーてぃほー。

MC-ARIへ来る前に読んだネグロス島の歴史や、フィリピンの貧困連鎖の話しを聞いていた僕は、フィリピンの貧しい人間はサトウキビ労働者として、もしくはトライシクルの運転手としてくらいしかサバイブする選択肢はないような気がしていた。今も事実そうだとは思う。
もちろんここMC-ARIはそうしたガチガチで抜け出しにくい社会システムを自給的農業を広める事で抜け道を提示するというミッションを掲げずっと活動しているし、昔よりは厳しくないのかもしれない。
お金がなければ生きていけないという縛りを解放したいと願う僕のような人間の言う事はしばしば「甘い」と言われがちだし、日本ではできてもやっぱりフィリピンでは無理なのかなという気もしていた。

でも、ジェッキーはそれをやってのけている。結構苦しみつつもだけど。
僕はそこに物凄い希望を感じた。



さて、ここから農場での話し。
S農場で9ヶ月共に働き、農作業を教えてくれたIさん。長期間一緒に働きながらも、深い話しをする機会は一度もなく、ネグロスという島で10年間有機農業をしていたという事は知っていてもIさんがどんな事を考え日々農作業をしているのか伺う事は一度もなかった。もちろん働く姿勢から学ぶ事は多かったし、何か深い哲学を持って生きているという事はビンビン感じてたんだけど。

そして研修を終えた二年後にこうしてなぜか僕のところにネグロスでのツアーを手伝わないかという話しがきた。(なぜ僕にこんな機会を与えてくれたのか、本当に謎です。超いいかげんな人間なのに。)
今はまた再び毎日畑に出て一緒に働いています。作業中や、作業後に、研修期間聞けなかったちょっと踏み込んだ事を聞いたりしてます。
例えば、Iさんはなぜ農業をしてるんですか?とか、貧困の連鎖を生むだけのような仕事は要らないと思うだとか生意気な意見を言ってみたりとか(笑)
そうすると、そうした事をIさんももちろん考えていて、「わたしがモリ君くらいの年に書いた文章の記録があるからよかったら読んでみて。」と言って、一冊の小冊子を渡してくれた。

そこにはIさんが25、6歳からネグロスで働き始めてから約3年間程(IさんはMC-ARIで合計10年程働いた。)の間に書き貯めた寄稿用、報告用、友人に宛てたメールがまとめられており、しかもその内容は今、現在僕が言っているような事がそのまんま書き貯められていた。資本主義のシステムが生む貧困の連鎖に対してバリバリ憤っていた(笑)

さらにその内容は僕のような脳内だけ、口先だけの記録ではなく、実際にサトウキビのプランテーションによってでしか暮らしていけないという状況に対して、それをなんとか変えようと試みた叫びにも似た記録だった。
サトウキビ労働者が「金もないし、経営方法も分からないし、おれたちはサトウキビを植える事しかできない。」という事に対し、直接、そうした生き方以外が可能だと説き、それを言葉だけでなく、実践してみせなければいけないという状況に置かれた人間の心の内が赤裸裸に記されていた。

この間、作業中にIさんと無邪気に会話していたら、
「有機農業はお金がなくても、工夫とやる気があれば誰でもできるじゃん。」
と言っていたんだけど、その言葉は冊子の記録の中に何度も出て来ていた。

換金する事で食べ物を得て、暮らしをたてる事以外に生きる手段はないと思うネグロスの人々に対し、貧困を知らず日本で暮らしてきた人間が、そうした生き方をやめて自給を(お金の依存を減らす)生き方をしたほうがいいと直接言葉や行動で伝える事は相当勇気のいる事だったと思う。
実際、その苦悩が山ほど記されていた。というか苦悩のみ(笑)

これはあまり自分の事を語らないIさんが、二年前、研修期間を終えた研修生宛の寄せ書きに書いていた言葉で、僕はその言葉とIさんの生きる姿勢がマッチしすぎていたから印象的でよく覚えていた言葉。↓

「困難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生みます。」

聖書の言葉らしい。冊子の中でもIさんはこの言葉を記していた。
僕はなんでわざわざ苦労や我慢をしなきゃいけないのか、人は自分が本当にしたい事をやるべきだと考えて生きている。

でも、何かを変えようと強く思い、それを実践してきたIさんの忍耐の記録、口にはしないけど背中から感じる歴史を思うと、この言葉は僕の心に突き刺さる。
世界中の人にごめんなさいを言いたい気持ちになる(笑)
Iさんはフィリピンのガンジーでした。


そして、「何かを変えようとして実践する、その言い出しっぺが一番損をしないと誰も真似しないよ。」
とも言っていた。

...そうなのかもなあと思う。


とにかく日本に帰って実践あるのみです。
Iさんは僕より遥かに頭もよく、実践力もある。そんな人でも苦悩の連続だったという記録を見て、絶望もするけど、希望も見えた。

僕は不真面目ゆえに都市のオルタナティブに触れる機会ができたと思うから笑
その不真面目さを利用して、魑魅魍魎界隈とオフィシャルっぽい場を自在に行き来していきたいと思う。
やっぱり完成され、長年実践してきた人間の感じる憤りは尊重するべきなんじゃないかという気が今はしています。有機でやるなんてクレイジーだと言われる時代に土と共に生き毎日汗してきた人間にとって「都市のオルタナティブ云々」と言ってもちゃんちゃらおかしいと思われるかもしれない。そんな気がする。
それを無理矢理につなげるよりは、僕は自分自身があらゆる境界をフラフラ行き来していこうと思う。


建築だって、坂口恭平さんが言うように20年、30年ローンを組んで絶望の中労働する状況はおかしいと思う。それは田中優さんも言ってるけど。
電気がなければ生きていけないと原発を建ててきたけどそれに対するオルタナティブをずっと提示してきた非電化工房の活動も、僕が興奮する人々や施設はみんな「金ありき」の世界に対する革命をしようとしているようにしか思えない。革命と言ってもそれは個人で可能な逸脱的革命だけど。

都市だって地域だって農業でも建築でもなんでも革命ですよ。

そうそう、Iさんに「冊子めちゃくちゃ良かったです。今も当時と同じような考えですか?」
と聞いたら、ちょっとはにかみながら「今はちょっと理想ばかりで地に足着いてない事言ってたなあと思うよ。やっぱモリ君くらいの年齢の時ってそうなるんじゃない(笑)」と言っていた(笑)

でも僕はその時に、京都で出会った「おかバー」を経営するオカさんに聞いた言葉がフラッシュバックのように蘇った。それは「地に足着いてちゃ革命はできない。」という言葉だった。

いやあ、そうかもなあと思います。
だって原発爆発してんのに未だにみんなこれまでと変わらないマインドセットでやり直そうとして、相変わらず3万人以上自殺してるのに、革命以外何すればいいの?(笑)

この時代、この時に僕は若くてよかったです。(憤るのが若さ故なのだとしたら)
ってわけで作戦はいのちだいじに&ガンガンいこうぜ。です。

ではでは!









フィリピンです

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久々の日記更新です。
現在、フィリピンはネグロス島。サンタリタという地にある有機農場に滞在中です。
以前お世話になった方のお手伝いとしてAPUの学生を対象としたスタディツアーであれやこれややる予定。

とはいえまだ学生が来るまで一ヶ月近くあるので日々黙々と現地の人々と田畑を耕す毎日です。

今は農場から離れた町の大衆食堂で一人ポチポチパソコンと向き合ってます。
農場では電波がなくて町まで出なければいけない。

眠っていた250CCのバイクに跨がりポコポコとサトウキビ畑を縫うように進むデコボコ道をやってきました。
ゲバラの生涯をドンキホーテの歩みと照らし合わせて描かれた『チェのさすらい』を読み終えた僕は完全にキホーテ化しています笑。
久々に不可能はないモードがきました。
天候や気候はやっぱり重要。サンサンの太陽の下に居ればとにかく僕は元気になれる。

バイクにはゲバラと同じくポデローサ(怪力号)と名付けました。オンボロですぐエンストするのも共通していて愛着が湧く。

フィリピンに到着してからはまず、マニラにあるインフォショップ「Etniko Bandido」へ行きました。情報源はIRAの成田さん。いやあ、インフォショップやれば世界中とつながるんですね。
で早速行ってみると発起人のクリスがお出迎え。長髪に口ひげという出で立ちながら非常に優しく誠実。昼ご飯作ってもらい、午後にはフィリピンパンクスの集いへ連れて行ってくれた。というか僕はアナーキストを自称していたりインフォショップをやっている人で温和じゃない人を見た事がない。
みんな誠実ゆえに誰も搾取しない、環境を汚したりしない「もうひとつの世界」を目指している。
ホントに誠実に生きたいと望む人間が働ける企業って日本に一体いくつあるだろう。

アナーキストの集いはマニラにあるライブハウスで行なわれた。
地元のチャリ乗りやドイツから来たフェミニズム運動をやってる女性二人組、パンクキッズ達等で賑わい、通りではクリスがzineや各種フライヤーを広げていた。すぐ隣にあるバス停では、看板の裏をスクウォット的に利用し50人のアーティストによるイラストや絵が一枚づつ一面に張られていた。
クリスの持って来ていた雑誌には「フィリピンオルタナティブ」と記したサブタイトルが表記されており、日本にしろフィリピンにしろ一般的に流通しているようなポップカルチャーはひとつの表層部分でしかない。
そして僕はオルタナティブを志向している人達の動きや集まりが好きだし恰好良いと思う。

ライブハウスの中では一晩中、朝までライブが行なわれた。ライブの後には僕も含めドイツからも活動家がはるばるやってきている為、クリスが世界会議をしようと胸を膨らませていたが、疲れたのかグダグダのまま解散(笑)
とはいえフィリピンの濃いパンクシーンを垣間みる事ができた。シェイシェイ。

カメラのケーブルを忘れてきたからそれらの写真をupできなくて残念。いつかどこかに載せたい。


そんな感じで都市のオルタナティブに触れ、今度は田舎のオルタナティブへきました。
僕が今いるネグロス島はサトウキビのプランテーション栽培で搾取され、例にもれず砂糖が売れなくなった時に餓死者が続出。
そんな歴史を経て有機で自給を目的とした生き方を広めようと設立されたのがMC-ARIという農場。

お金ありきのライフスタイル、呪縛から解き放たれるひとつの手段が自給であると僕は思う。

都市のオルタナティブを志向する人々と、こうして地方で自給するという行為をしている人々は現在の資本主義経済とはまた別の生き方を求めるという点で同じ態度を示している。
しかし、土と生きる人々というのはパンクスやインフォショップを経営しているような人々にあまり興味を示さない。もしくは嫌いな場合も多い。
MC-ARIのような場所こそEtniko Bandidoみたいなインフォショップとつながるといいなあと思うんだけど。

僕はそれをつなげたい。
僕の中では「自給する事」と「都市でオルタナティブを志向する事」は並列にあるから。

ガンジーさんは「まずは都会に住む人に尋ねたい。あなたは地方の村でつくられているものを、いっさい使わず、いっさい食べずに暮らすことができるのか?」
と言う。僕はその言葉に共感するから地方で自給していきつつ都市的オルタナティブもミックスしていくけど。

これまで色んな人に農業を教わり、その都度なぜ農業をするのか?
と聞かれてきたけど、そうした時に、僕は僕の中で並列上にあるアナーキズムだとかの重要な要素を理解してもらう為の言葉を持っていなかった。それを話そうとすると僕の意識レベルじゃ途方もなく時間がかかる笑
だから仕方なく「自給してお金の依存度を減らし云々」とだけしか言えなかった。

でもそうした期間もそろそろ終える事ができそうです。
6月頃から僕もインフォショップを始めます。
場所は鳥取、鹿野です。

例のコンペに落ちた山口邸という古民家の一部をインフォショップスペースとして借ります。
まだ色々な事が未定だけど、山口邸という大きな枠の中に僕のやるインフォショップがあり、そして日替わり店長のできるキッチンスペースがある。そして二階は共用(半公共)のイベントスペース。
さらに庭にツールシェアコーナー。溶接や木工のできる場を作り、開放する予定。広々とした庭では多少大きなモノも作れる。
蔵はアーティスト、お客さんが泊まったり滞在できるようにしたい。

そうした場所を作り、維持していきながら自給もしていきます。
土と共に生きつつ、都市的なオルタナティブを志向していきます。


あと貼っといて書くの忘れたけど、上の写真は「bayanihan(助け合い)」と呼ばれるこの地方特有の家ごと引っ越す文化。滞在中に是非この光景を見たいけど、どうやら今では滅多に見られないらしい。くそー。参加したい。
引っ越しわっしょいしたいっす。

ではでは!






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